2017年04月07日

母を思って、自分を嘆く

私の母は現在要介護1の認定です。
震災の後、4/7の大きな余震で停電のなか無理に動いたことで、右手首と頚椎を骨折しました。
幸い手術まではいたらず、手はギブス、首はコルセットで固定してでよかったのですが、当時71歳の母はしばらく入院しているうちに体力がかなり落ち、痛いからとリハビリは中途半端で、とうとう手は動きにくくなってしまいました。
父に先立たれ、母はひとり暮らしをしていたのですが、そのケガで、妹家族と同居することになりました。
妹はフルタイムで働いているので、昼間の用事は私が行っています。
ケアマネージャーさんのおかげで、煩雑な手続きも一通り助けていただいて、母は週3のデイケアに通って、同年代の友だちに会えるのを楽しみにしています。
今年の2月から不調を訴えていて、お腹が痛い → 便秘か? 心臓が痛い → ペースメーカーの不調か?(数年前に不整脈のためいれました) などと何度か病院に通ったのですが、やっと十二指腸潰瘍だということが分かり、しばらく入院して、だいぶ良くなりました。
が、その入院でまた体力が落ちてしまいました。
トイレに行きたいけど、もたもたしていて間に合わず、もらすことがたびたびです。小だけでなく、大もです。
今、おむつをしているのですが、汚してしまっても自分一人で着替えることができなくてつい我慢しちゃうので、そのせいでお尻までが赤く、痛くなってしまいました。言えば取り換えてあげるのに、実の娘でも遠慮や恥ずかしさがあるのでしょうね。

母のことはこれくらいにして、本題。
子供に恵まれなかったので、私は子育てはしたことないけれど、
例えば子どもはおもらししても、だんだん良くなっていつかは自立できるようになっていきます。
ところが介護は、今までは日常でできていたものが、だんだんできなくなっていきます。
病気であれば入院したり、介護施設を利用することもできますが、いくら優秀なドクターやケアマネージャーさんがいても、最後の決定には家族の了承が必要です。

子どものいない私と夫はどうなるのだろう?
姪っ子や甥っ子は全員で5人いますが、世話になるまでの面倒はかけられません。
また将来近くにいるとは限らないので、あてにすることは考えないようにしています。
でも、今の母の状況から見えてきたことは、ドクターやケアマネージャーさんのアドバイスを聞いて、最終判断と書類へのハンコを押すための家族の存在が必要なのです。

できるだけ健康でいるために、動けなくなるようなことがないよう、日頃から運動なりカラダを動かすことをしないと。
でも自分が完全に動けなくなる前に、そういう施設に早めに入るしかないのだろうか。
あー、ぽっくり逝きたい。
昨日まではあんなに元気だったのに、というくらい、誰にも迷惑かけずにあっさりと亡くなりたいと切に願うのでした。


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